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エスカードシネマ上映会『あん』を上映し再開!!2021.4.22 [2021年 4月27日]
★コロナウイルスの感染防止に関する茨城県および牛久市の指導に基づき、昨年12月から本年3月までの4か月間上映会実施を見合わせていましたが4/22(木)午前と午後の2回、エスカードシネマクラブ上映会を再開し、『あん』を78名の会員が楽しみました。4カ月もの長い「巣ごもり生活」は、映画好きの会員さんにとっては大きな苦痛であったと思います。
今回も「三密」を避け、座席も一つ置き、体温測定も液晶画面に顔を近づけると自動測定してくれる新しいものに交換。手の消毒も従来通り行いました。もちろん、全員がマスク着用です。

★会場では、平成3年度の会員募集も行い、その場で入会手続きを済ませ映画鑑賞をされた方もおりました。平成3年度の会員希望者は、牛久市中央生涯学習センターの受付で休館の月曜日を除き受け付けています。上映会当日は、エスカードホール受付でも入会申し込みができます。

★今回の上映作品は、原作がドリアン助川著「あん」(ポプラ社)で、初版の発行部数は小規模ながら、数々のメディアで取り上げられ、第25回読書感想画中央コンクールで指定図書(中学校・高等学校の部)に選定。感動が人から人へ伝わり、10刷のロングセラーになっています(2015年3月現在)。作者のドリアン助川さんが深夜放送のパーソナリティーとして若者たちの悩みを聞き続けていたときに、「人の役に立つことが、生きる意味なんだろうか」と覚えた違和感が小説を書くきっかけに。構想十数年を経て、その間のすべてが昇華して『あん』が生み出されました。

★縁あってどら焼き屋「どら春」の雇われ店長として単調な日々をこなしていた千太郎(永瀬正敏)。そのお店の常連である中学生のワカナ(内田伽羅・樹木希林の孫)。ある日、その店の求人募集の貼り紙をみて、そこで働くことを懇願する一人の老女、徳江(樹木希林)が現れ、どらやきの粒あん作りを任せることに。徳江の作った粒あんはあまりに美味しく、みるみるうちに店は繁盛。しかし、心ないうわさが(主人公の徳江(樹木希林)がハンセン病にかかっていたことが町の人の知るところとなり店の売り上げは激減。)、彼らの運命を大きく変えていく…

★プレミアム試写会における樹木希林さんのあいさつからハンセン病について紹介します。「日本では平成の世になってしばらくしてからやっと、ハンセン病というものが世の中に受け入れられるようになりました。しかし、それよりもずっと前、昭和23年に大正天皇とその妃殿下が多磨全生園にマスクや手袋もせず、ハンセン病の人と握手した記録があります。国より先にそういったことを開いてくださった、そのことに感謝して今日はここに立っております。」と皇室のハンセン病に対する関わりに感謝の意を述べられました。

★ゆめまちネットでは、会員の福寿草が永年「国立療養所多摩全生園」の茨城県出身ハンセン病入居者と毎年春、桜の季節に手打ちそばを持参し交流を続けていたご縁で見学させていただき、お話しを伺いました。福寿草の慰問当時、資料館は「高松宮記念ハンセン病資料館」と称していました。
1993(平成5)年6月、ハンセン病患者・回復者が自らの生きた証を残し、社会に過ちがくりかえされないよう訴えることを目的に「高松宮記念ハンセン病資料館」を設立・開館。皇室とのご縁で高松宮記念と冠されたものと考えられます。
2009(平成21)月4年「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」施行。第18条に「国立のハンセン病資料館の設置」がうたわれ、高松宮記念ハンセン病資料館は「国立のハンセン病資料館」に衣替えし、国の責任で啓発事業が行われることになりました。今でも折に触れ同館からゆめまちネットに「同資料館だより」や「同企画展図録」を送っていただいています。機会があったら、ぜひ「国立ハンセン病資料館」を見学してみてください。

★ハンセン病は感染力が極めて弱い病気であったにもかかわらず、我が国では、今世紀を通じて一貫して絶対的終身強制隔離・患者絶滅政策がとられました。これは、医学的にも公衆衛生学的にも必要性を著しく逸脱したものでした。
2001年 (平成13年) 5月11日の熊本地方裁判所の判決 (熊本地方裁判所 平成10年(ワ)第764号・1000号・1282号・同11(ワ)383号) は、らい予防法は日本国憲法に明らかに違反すること、
隔離と差別によって取り返すことの出来無い、極めて深刻な人生被害を『作出』(さくしゅつ=「作り出し与えた」)と認定した。日本の裁判史上において、これほど厳しく日本国政府のらい予防法と政策による非行を断罪した類例は無い。
この判決と控訴断念によって、行政府で時の首相であった内閣総理大臣小泉純一郎・厚生労働大臣坂口力から謝罪が出ている。そして、名誉回復及び福祉増進のために可能な限りの措置を講ずるとして、患者・元患者から要望のある退所者給与金(年金)の創設、ハンセン病資料館の充実、名誉回復のための啓発事業などの施策の実現について早急に検討を進める、と総理大臣談話で約束をした。

★樹木 希林(きき きりん、1943年1月15日 - 2018年9月15日)は、日本の女優。戸籍名、内田 啓子、旧姓:中谷。東京府東京市神田区(現・東京都千代田区)出身。2番目の夫は内田裕也。間に娘・内田也哉子がいる。夫とは長く別居を続けていた。父は薩摩琵琶奏者・錦心流の中谷襄水(辰治)(1917〜89)。妹も薩摩琵琶奏者の荒井姿水(昌子)。その息子も薩摩琵琶奏者の荒井靖水。
1961 年に文学座に入り、「悠木千帆」名義で女優活動スタート。1964 年に森繁久彌主演のTV ドラマ「七人の孫」にレギュラー出演し、一躍人気を博す。1974 年からはTV ドラマ「寺内貫太郎一家」(TBS)で貫太郎の実母を演じ、社会現象を起こすまでになる。その後も精力的にTV、映画、演劇に活躍、国民的女優として現在も精力的にヒット作や話題作に出演。2008 年に紫綬褒章を受賞、2013 年には『わが母の記』で最優秀主演女優賞を受賞、2014 年秋には、旭日小綬章を受章したばかり。『半落ち』(04)、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07)、『歩いても歩いても』(08)、『悪人』(10)、『わが母の記』(12)、『ツナグ』(12)、『そして父になる』(13)、『神宮希林 わたしの神様』(14)等。



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