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特別上映会『ある町の高い煙突』を841名が鑑賞 2020.1.19(土) [2020年 1月21日]
★『ある町の高い煙突』(あるまちのたかいえんとつ)は、20世紀初頭に日立鉱山の煙害問題の解決に向けて企業と地元の青年達が苦闘する姿を描いた新田次郎の小説および、それを原作とした映画。1968年(昭和43年)に「週刊言論」に連載され、翌年文藝春秋社より刊行された。今回の『ある町の高い煙突』は、エスカードシネマクラブの特別上映会として午前11:00と午後3:00の2回上映しました。鑑賞人員は午前が637名、午後204名、合計841名でした。鑑賞いただいた方々から、「非常に良い映画だった」、「変な批評を聞いていたがとんでもない、格段に良かった」、「トークショウも良かった」、と感想を頂いた。各上映会後に、この映画のプロデユーサー亀和夫さんが、映画への思いや撮影中のエピソードを語ってくれました。次回作品は「光のマリア」、5月に国連で上映後、今週に日本で上映予定とのこと。運営委員のみなさん、一日ご苦労様でした。

★日露戦争開戦の前年、明治36年(1903年)、茨城県北の山村の青年、関根三郎は、隣村の赤沢銅山の技師、チャールス・オールセンに出会い、銅山から出る煙の害について聞く。三郎は進学を希望していたが、鉱山が木原吉之助に買収され事業拡大されることを知った祖父の兵馬から、進学をあきらめて家を継ぎ木原鉱業所との対応に当たるよう迫られる。三郎は第一高等学校を受験し合格するが、兵馬が亡くなり、その葬列が鉱山の煙に穢(けが)されたことから、進学をあきらめ村に残り煙害に対峙することを決意する。三郎は恒吉と同じ煙害に悩まされている愛媛県の別子の視察に行くが、農民決死隊と間違われ一時警察に拘束される。一方、木原鉱業所は軍備拡張の波に乗り新しく大規模な精錬所を建設し煙害は悪化の一途をたどる。三郎を中心とした青年同志会は、台風や火災の被害を受けた木原鉱業所に対し人道的救援を行う一方で、木原鉱業所からの一切の供応を断り清廉潔白に煙害問題について木原鉱業所と対峙した。

★加屋淳平は煙害対策に神峰山山頂に気象観測所を作ることを提案する。淳平は三郎を連れて中央気象台の藤岡技師を訪ね、煙が地を這うのは逆転層によるのではないかと示唆される。それを聞いて三郎は、逆転層のずっと上から煙を出す大煙突を立てることを発案する。政府の諮問機関の煙害予防調査会が開かれ、煙を希釈拡散させる有孔煙道の建設が提案される。藤岡技師は大気構造の基礎調査をすべきと提案するが受け入れられず、有孔煙道が建設された結果、入四間村の被害は拡大する。煙害問題の世論に押された政府から大量の空気を強勢挿入混合して亜硫酸ガスの濃度を下げる装置を作るよう通告されるが、この装置も失敗に終わる。世界大戦の気運が高まる中、銅は増産され煙害はますます悪化し、三郎と淳平は集団離村の検討を始めるが、加屋兄妹と親しくする三郎のことをよく思わない村民も出てくる。その様な時に三郎はオールセンから、スウェーデンにおいて高い煙突を作ることで煙害を最小限に食い止めることに成功したという手紙をもらう。三郎はこの手紙を持って藤岡技師の協力も得て、木原社長に大煙突の建設を要請する。藤岡技師の行った上層気流の観測結果と三郎がもたらしたスウェーデンでの成功事例により、木原はついに世界一の大煙突建設を決断する。
• 参考出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

★出演者:井手朝渡・渡辺大・小島梨里香・吉川晃司・仲代達矢
★環境省・牛久市・牛久市教育委員会・牛久市社会福祉協議会の後援を受けています。
★次回上映会:2019年1月23日(木)午後2:00上映作品『ブラック・レイン』
1989年のアメリカ合衆国のアクション映画。劇場映画作品としては松田優作の遺作である。


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