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むつみボランティアの会 



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◎“ふれあいサロン睦 ” 会員自己紹介 [2020年11月29日]


11月ふれあいサロン睦「私がボランティアを考えたきっかけ」
★会員による自己の人生体験や活動紹介を順番にしてもらい、相互理解を深める企画の第3弾として、A会員にお話を伺いました。Aさんは、危険物を取り扱う仕事の会社にいたので、消防署との関わり合いが深く、消防の方々が命を張って市民を守っていることを深く感じていたそうです。
むつみ区に引っ越してきてから感じたことは、旧住民が新住民をいじめているのを目撃した。また、むつみの児童がいじめられているのを見て、こうした弊害は無くさなければいけない、と日ごろから感じていたとのこと。PTA役員だったころ、イジメをなくすために立候補してPTA会長を務めたこともあるそうです。正義感が強かったのですね。

★3・11東日本大震災の時、柏から6時間かけて牛久まで戻り、家族の安否を確認できたのでそのまま定年後の勤務先のひたち野マンションに駆け付け、館内放送で住民へ呼びかけを行った。親が海外勤務で奥さんも不在だったご家庭の一人娘さんを近所の方にお願いし避難所までご一緒に避難願ったりもした。むつみ区の盆踊りを始めたきっかけは、「いじめ」。むつみ野球部として盆踊りを区長に提案し、予算も組んでない中で実現した。建設業の会社からパイプや木材等の資材を借りてヤグラを組んだ。設営の中心は何年間も野球部が分担したが、そのころの行政区の活動の中心は、部員数が2チーム分の多数を擁した野球部であった。盆踊りを通じて、新旧住民が理解を深め、地域でイジメのないコミュニティを目指した。

★Aさんの生まれは宮城県石巻で、実家は牛乳屋をやっていた。余った牛乳で風呂に入っていた覚えがあると。(なんと贅沢な、まるで女優の美容法のような?) 
その後、東京葛飾区の立石に引っ越した。幼少時、キャサリン台風の時、奥戸橋からタライに入れた水を運んで手伝いをしたのが、男としてのはじめての仕事。(編集部注:昭和22年台風第9号、国際名:カスリーン/Kathleen)は、1947年(昭和22年)9月に日本に接近し、関東地方や東北地方に甚大な浸水被害をもたらした台風である。カスリン台風やキャサリン台風などとも呼ばれる。台風本体の勢力の割には降水量が多い「雨台風」の典型的な例とされている)
Aさんは、7人兄弟と家族も多く、父親が勤務先を変えて社宅に住まわせてもらい、家族の生活を守った。中学生のころ、父親が病気になり、休職となり生活が苦しくなったので、自らも朝夕の新聞配達をして学費を稼いだとのこと。(編集部注:このころの男子の児童生徒のアルバイトといえば、新聞配達が多かった。ほとんどが家計の手助けであった)

★末弟は6年前に自転車で転倒したとき頭を強打し脳梗塞患い、現在、高齢者施設で面倒を見てもらっています。要介護4でほとんど寝たきりです。このコロナで面会もできずにいます。義理の息子(長女の婿さん)は、鳥取から茨城の下妻に転勤になり5月〜8月までわが家から通勤していたが、9月に下妻のアパートへ転居したのですが最近、脳梗塞でメディカルセンターで治療してもらっています。今、一番の悩みは、この2人のことです。 
自分も人生の身仕舞いを考える時期になっていた矢先に、ふれあいサロンで発表の機会をいただいた。これまでの人生を思い起こし、毎日寝る前に書き留めたりして話す内容を準備したとのこと。Aさんの7人兄弟の家族が集まった集合写真(2017年)を持参してくれましたが、なんと50数人もの人々が写っていました。非常に珍しい貴重な写真です。今となっては、懐かしい写真ですね。Aさんは、話の途中でも往時を思い出し、思わず涙ぐむ場面もありました。むつみ区内の寝たきりの方に傾聴ボランティアをご一緒した折、エアコンが効かないと聞くと、Aさんはすぐさま室外機を見に行かれ室外機に張り付いた氷を取り除かれた。11月22日(日)は、「いいふうふうのひ」と紹介がありましたが、ご夫婦が健在の方も、残念ながら単身者になった方も元気に過ごしたいものです。会員の多くは、Aさんと同世代、田舎と都心で食糧事情の差があったこと、北海道や東北、九州など、育った地域は違えど日本中が貧乏だった。赤裸々に人生体験を語ってくれたAさんに感謝します。
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