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傾聴ボランティア ちわわ


Short Message い

NHKドラマ「カーネーション」からの贈り物
先月(3月)末にNHK連続テレビ小説「カーネーション」が終わりました。

大阪府岸和田市が舞台で 世界的ファションデザイナーコシノ三姉妹を育てた 小篠綾子さんがモデルの物語でした。

でも この紹介の仕方は綾子さんは憤慨すると思います。
綾子さん自身も90歳過ぎに亡くなるまで 現役の洋服デザイナーでしたから。

「カーネーション」では 夏木マリさんが晩年の主人公を演じていました。

自分の縁のある人々は鬼籍に入り 子供達は勿論 孫も大きくなっている。
取り残されたような自分。
当たり前の日常だが そこに寂しさがない といってはウソとなる…。

脚本を担当した渡辺あやさんは「小さくて地味なこと」を積み重ね そこに死や老いを見つめていきたいと言っています。

綾子さんは晩年が最も輝いていたそうです。
綾子さんの座右の銘は「与うるは受くるより幸いなり」でした。

これは聖書の言葉です。

私も含めて これから年を重ねていくと 頼りたい事柄もあるでしょう。
それは潔く頼れば良いと思います。

でも 自分の得意なこの分野は、誰かのために役に立てるかも という事が一つでもあると 綾子さんのように 晩年も愉しくなるかもしれないナと思いました。

H24.4.6       ここあ


めぐってきた3月11日に寄せて
東日本大震災から一年がめぐってきました。
新聞 テレビ等では 色々な方が コメントを寄せています。

読売新聞 三月十日付けに作家で天台宗僧正 瀬戸内寂聴氏の
記事がありました。
寂聴さんは腰痛があるにもかかわらず 義援金を持ち被災三県に
いかれたそうです。

岩手 宮城は津波を天災だと達観し 何とか前を向いて歩きだそうと
していました。
しかし福島は違い、人災の極致である 原発事故により なぜ自分達だけがこんな目にあうのか…という人にも出会い、寂聴さんも慄然としたそうです。
「福島には格別な配慮が必要」と言っています。

又 仏教には「代受苦」(だいじゅく) という言葉があると教えて下さって
います。
これは、「他の人の苦しみを引き受けて 犠牲になる事」をいいます。

震災にあった方々は 私達の「苦」を引き受けて 代わりに犠牲になって下さったと思い、私達はその方々のお陰で生かされている、とする考え方です。

震災当時 私達は、あのような事があったのに 自分達だけ 楽しんでいい
のか など個人差はあれ 考えたように思います。
これは 悲しみの中 自重しよう と考える他に、「代受苦」をして下さった方々に対しての無意識の畏敬の顕れだったのかもしれません。

 寂聴さんを支えるのは 天台宗開祖 最澄の説いた、 自分のためではなく 人のため尽くす、という「 忘己利他」(もうこりた) の精神との事です。

これからは健康と財力に恵まれた高齢者ほど 孫世代の未来を考えて知恵や行動力を出して欲しい、とも言っています。

「ちわわ」は高齢者の方のお話し相手のボランティアをしています。

これからは、どんどん日本を明るくするご意見を伺うのも良いかもしれない と思いました。

H24.3.10       ここあ


読売新聞 天台宗と真言宗 両宗派の座主の対談を読んで
平安仏教の開祖は歴史の教科書でも有名な最澄と空海です。
それぞれ天台宗と真言宗を開きました。

読売新聞に両宗派の座主(ざす)の対談が掲載されていました。
   両宗派開闢1200年の歴史で対談は初めてです。
今まで両宗派は いわゆるライバル同士で反目するところがあったのかも
  しれません。

天台宗の総本山は比叡山延暦寺です。

その教えに「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」
  があります。
  全てのものに仏様になる素質が備わり、尊厳がある というものです。

真言宗は高野山金剛峯寺が総本山です。 

  その教えに「物心一如(ぶっしんいちにょ)」があります。
  物と心はひとつでそれぞれに命をもつ という意味です。

両者宗派とも鉱物 植物 動物全てに生命 魂 (仏性 ぶっしょう)が宿ると説いています。

鉱物にも命がある とはなかなか思えませんが 巨石信仰(ストーンヘッジなど)は色々な国にみられ 今もパワーストーンを装飾で身につけたり 
石に何か特別な物を感じている人もいます。

これは鉱物にも命がある と考えているひとつの表れ かもしれません。

そして このような考え方は日本人には受け入れ易い教えです。


人は植物や動物を食べなくては 生きられません。

全てのものに命があると考えると 他の命を食べて 犠牲にして生きている事になります。
命を頂くということはそれらの命の行く末にも責任がある事になるでしょう。

両座主が次のように言っています

真言宗〜・無用な自然破壊を止める。
     ・生活水準を下げても人間の利益だけ考えず
     自然との共生 を考える。
    ・欲望を少なくする。

天台宗〜自分のことを忘れても人のために尽くす精神が大事。


 私達は東日本大震災という未曾有の体験をしました。

これは私達の今までの「単純な進歩」を望む生活から 考え方を変え、
「調和」の考え方にシフトしていきなさい という
 私達の周りに存在する 「全ての命」 からの願い なのかもしれません。

H24.睦月18日       ここあ




褒められたい 認められたい という事
適切な言葉かけや質問で 相手の目標に近づくお手伝いをする コーチングというものがあります。
以前 テレビでも紹介していたので ちわわでも聞き覚えのある方もおられる事と思います。

先日 私が参加しているコーチング講座で 「褒める事」について考えました。
褒めると 褒められた相手は良い気持ちになります。
それが相手の気持ちをほぐしたり 相手との信頼関係をつける事にもつながる
と勉強しました。

「自己発見の心理学」 国分康孝著には
認められたい欲求はノーマルである、と書いてありました。
教養 学歴 年齢 性別とわず 褒められたい、認められたいと思うし、こう思う事は恥ずべき事では無い のです。

褒められて 認められると人間は自己評価が高まり 家庭 職場 人生における自分の居場所が定まります。

「人に認められようとすべきではない」と頑固に信じている人は 次のように思い方を変えてみたらどうでしょうか?

「人に認められたら それにこしたことはない。
 認められないからといって 自分はダメ人間というわけではない」または
「自分のプライドが傷つかず 人も納得してくれる認められ方を考えればよいのだ」

子供のようにやみくもに認められようとするのはヒンシュクを買うかもしれませんが、
大人の分別をもってする分には 自分の心の安定のために必要な事です。

こう思うと自分を縛っていたものから 自由になるような気がします。

「アイ アム OK」 といえる人生
 自分が自分を受け入れる 自己嫌悪の少ない人生

をめざして!

H23.12.14            ここあ




牛久の歴史の出前講座 生涯学習課 学芸員による
講座の概要

*旧石器時代
ひたち野うしく周辺で遺跡発見

*縄文時代
安山岩のヤジリ
みみづく型土偶
小さなカワイイ土偶でした。でもオデコがでていて現在の日本人の顔とは思えません!
ベッド状構造をもつ竪穴式住居

*弥生時代
牛久でも水稲耕作青銅器・鉄器
牛久沼東岸牛久地区
小野川・乙戸川
桂川流域の奥原地区 
高床倉庫

*古墳時代
地域的まとまり
権威の象徴としての古墳
前方後円墳〜蛇喰古墳がそうで神谷の自治会館の所で
全長45メートル位あり牛久で一番大きい
帆立貝古墳の変形が前方後円墳と考えられている。

*奈良 平安時代
律令体制の整備
牛久は常陸の国 信太郡と河内郡になる。
住居はまだ竪穴式である。
常陸国は大国に分類され重要視される。それは東海道が通っていたため
中世期
小田氏・岡見氏

*江戸時代
山口氏
牛久藩の上屋敷は今の六本木で下屋敷は渋谷
今まであれば たいした財産。
このころ助郷一揆があり 今でもそれぞれの地区に怨念があるらしい。
牛久宿は宿場町として賑わう。

*明治から現代
シャトーカミヤの建築
牛久の生んだ画聖 小川芋銭…本名は小川茂吉(しげきち)

写真は奥原地区の姥神遺跡出土の宝珠型すずり〜とても美しい硯でした 

楽しい講座でした。この講座の開催に尽力くださった
 まりもさん たんぽぽさん ちはるさん
有難うございました。

  ここあ      H23.11.6


「55歳は分かれ道」を読んで
パフォーマンス学でテレビや講演等で有名な佐藤綾子さんの書いた
「55歳は分かれ道」を読みました。いつもお元気そうな佐藤さんですが
54歳の時は色々な事が重なりパニック障害となったそうです。

人の勧めでキリスト教と出会い この本にも随所に聖書の言葉
がでてきます。

佐藤さんのモットーは「いつもATTでいこう」 です。
明るく 楽しく ためになる の頭文字をとって。

このモットーの実現の最大のスキルは 「笑顔」 という事らしいです。

笑顔には
    お金
    仕事
    人脈
  が自然に集まってくる!

なぜ?

佐藤さんは答は簡単と言っています。

私達は「生きたい」と願っているから。
だから生命力にあふれている人=笑顔でいる人
に近づきたがる。

又 教会では なにかしら 誰かが何かを教えている との事です。
そして「ありがとう」と言われるのが 又その人の励みとなる
…この循環がいいのかもしれません。

だんだん人をお世話する側からされる側になった時でも
相手から「ありがとう」と言われる為に
その時に自分にできる事は・・・
など考える事もあるのですが、この本には 相手の話しを
聴いて差し上げるという事が書いてありました。

若い人には「できたの?すごいね」(私達には簡単にできそうな事でも)
と言ったり、又 お年寄りほど過去の実績や愉快だった事を
他人に話したい欲求が強いので、それを親身になり相づちを打ちながら
どんどん相手の話しを 前に前に促し 新しい話しを聞きだすようにする。

こうすると相手の自己実現欲求が満たされる、との事です。

私達の行っている傾聴ボランティアは前述したように、お相手にプラス
に働きます。

この本を読み、傾聴ボランティアは私達のような年代だからこそできる
ボランティアだと思いました。

ここあ             H23.10.21    



傾聴ボランティア ちわわ